海外インターに通っていると、日本語の読解問題には独特の難しさがあると感じています。
我が家でも、小3頃から「文章は読めているのに問題が解けない」という場面が急に増えました。
特に苦戦したのは、登場人物の気持ちを答える問題です。算数なら考え方が合っていれば進めるのですが、国語は「なぜそう感じたのか」を、日本語の空気感込みで理解する必要があります。
以前、ある問題で「主人公はなぜ黙ったのでしょう」という設問がありました。本人は文章自体は読めているのですが、「嫌だったから」「怒られそうだから」と答えが毎回少しずれてしまう。
親から見ると、「この感じ、わかるでしょう」と思うのですが、よく考えると、日常生活で触れている言語も文化も違う中で育っているので、日本語独特の“察する感覚”そのものが、まだ十分育っていないのだと感じました。
インターでは、自分の意見をはっきり伝えることや、理由を論理的に説明することが重視されます。
一方、日本の国語では、「言葉にされていない感情を読む」場面がかなり多い。この差は思っていた以上に大きいと感じています。以前は、間違えるたびに「ちゃんと読みなさい」と言ってしまっていたのですが、最近は、「読めていない」のではなく、「日本語の感情表現の経験値が足りない」のかもしれない、と考えるようになりました。
「感情表現の経験値」は英語でも足りないと感じているのでバイリンガル育児の「ダブルリミテッド」というものかもしれません。
そのため最近は、問題を解かせるだけではなく、「なんでこの子こう思ったんだろうね」と会話を増やしています。
具体的には頭で雰囲気はわかっていてもいざ言葉にすると「楽しかった」「悲しかった」というような単純な言葉でしか表現できなくなっている時に言い換え方のフォローを積極的にしています。英語も然り。
また、物語文だけでは負担が大きいので、科学漫画や短編など、本人が入りやすい日本語読書も意識しています。
少しずつですが、「この人、本当は困ってるんじゃない?」など、自分なりに感情を読み取る場面も増えてきました。
海外で育ちながら日本語の読解力を伸ばすのは簡単ではありませんが、単純な勉強量だけではなく、「日本語で感情を経験する時間」も大事なのかもしれないと感じています。
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